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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)170号 判決

東京都千代田区内幸町1丁目3番1号

原告

東洋製罐株式会社

同代表者代表取締役

高碕芳郎

同訴訟代理人弁理士

鈴木郁男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

田中靖紘

後藤圭次

関口博

主文

特許庁が平成1年審判第10169号事件について平成3年4月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続

原告は、名称を「耐気体透過性に優れた包装体の製造法」とする発明について、1975年3月3日の英国特許出願に基づく優先権を主張して昭和51年3月3日特許出願をした昭和51年特許願第22063号の分割出願として、昭和58年9月19日、特許出願(昭和58年特許願第171389号)をしたところ、平成元年4月14日、拒絶査定を受けたので、同年6月15日、審判を請求した。特許庁は、上記請求を平成1年審判第10169号事件として審理した結果、平成3年4月25日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  本願発明の要旨

「(A)ビニルアルコール含有量が50乃至75モル%で残存ビニルエステル含有量がビニルエステル及びビニルアルコールの合計量基準で4モル%以下のエチレンビニルアルコール共重合体、又は

(B)上記エチレン-ビニルアルコール共重合体と該共重合体当り150重量%までの前記共重合体以外の少なくとも1種の熱可塑性重合体とのブレンド物

から成り、且つ該エチレン-ビニルアルコール共重合体が、実質的に下記式

Y1=1.64X+68.0

式中、Y1は示差熱分析における主吸熱ピーク温度(℃)を表わし、Xはエチレン-ビニルアルコール共重合体におけるビニルアルコール含有量(モル%)を表わす、

を満足する主吸熱ピークを有する少なくとも1個の中間層と、低吸水率熱可塑性重合体から成る内層及び外層を含む多層成形容器内に内容物を充填、密封し、この密封包装体を、加圧釜中で100℃以上の温度で殺菌し、容器中のエチレン-ビニルアルコール共重合体が前記主吸熱ピークと共に、殺菌温度よりも高い温度側にあって、しかも、下記式

0.67X+76.7≧Y2≧0.40X+40.0

式中、Y2は示差熱分析における副吸熱ピーク温度(℃)を表し、Xは前述した意味を有する、

を満足する少なくとも1個の副吸熱ピークとを有し、且つ主吸熱ピーク面積当たりの副吸熱ピーク面積の比(Rs)を少なくとも2.5%以上の範囲とすることを特徴とする耐気体透過性の改善された包装体の製造法。」

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  本願出願前に頒布された刊行物である引用例1(特公昭46-21941号公報)には、エチレン含有率26~45モル%、けん化度96%以上、極限粘度0.09~0.15l/gのエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物からなり、透湿度60g/m2/24hr以下で、かつ、30℃、0%R.H.の酸素透過度が5.0×1013cc・cm/cm2・sec・cmHg以下である強度及び低温特性の優れた食品包装用のフィルム・シート又は容器の発明が、同引用例2(昭和46年12月20日財団法人日本生産性本部発行、株式会社日本包装技術協会編「新・包装技術便覧」)には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル等の熱可塑性樹脂の内層及び外層をもち、かつ中間層が「エバールR」である多層包装体が記載され、当該包装体が60~100℃程度で加熱殺菌されること、さらにポリエステル-ポリオレフィンなどの多層包装体が101~120℃程度の高温で加熱殺菌されることが、それぞれ記載されており、本願発明で規定する主吸熱ピークを有するエチレン-ビニルアルコール共重合体の中間層と低吸水率熱可塑性重合体の内・外層からなる3次元構造の食品包装用成形容器は本出願前公知である。

(3)  本願発明の耐気体透過性の改善された包装体の製造法は、前項のような公知の食品包装用成形容器を用い、それに内容物を充填し、密封した包装体の形で加圧釜中100℃以上の温度で加熱殺菌し、その加熱により多層成形容器中のエチレン-ビニルアルコール共重合体は主吸熱ピーク以外に特定の温度範囲に副吸熱ピークを有するようにする方法である。もちろん、上記特定の副吸熱ピークは何も加圧釜中100℃以上の温度でなければ形成しないものではなく、特定の加熱条件で形成されるのである。

要するに、本願発明は、本出願前公知の特定の包装容器を用い、それに内容物を充填して密封した包装体の形で、加圧釜中100℃以上の温度で加熱殺菌する方法を特徴とするものである。

(4)  本出願前公知の食品包装用成形容器はその用途からみて食品を包装してから加熱殺菌する態様で使用されるものである。

該加熱殺菌は加圧釜中で100℃以上の温度で殺菌することを包含していると認められる。

すなわち、食品包装体を100℃以上の加圧釜中で処理することは本出願前周知であり、このことはプラスチック包装体についても例外ではない(特開昭48-1148号公報)。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1、2及び前記の周知技術に基づき、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。ただし、同(3)のうち、本願発明の構成が第2段落(「要するに、・・・」以下の段落)に尽きるものではない。同(4)のうち、第2段落(「該加熱殺菌は・・・」)は争うが、その余は認める。同(5)は争う。審決は、進歩性の判断を誤ったものであり、違法として取消しを免れない。

すなわち、審決は、本願発明で使用する選択された共重合体の組合せからなる多層、かつ、3次元構造の食品包装用成形容器は本出願前公知である(以下、かかる食品包装用容器を「公知の食品包装用成形容器」という。)とし、これに内容物を充填して密封した包装体の形で、加圧釜中100℃以上の温度で加圧殺菌する本願発明の加熱殺菌方法は本出願前周知である(以下「周知の加熱殺菌条件」という。)とし、本願発明は、公知の食品包装用成形容器を周知の加熱殺菌条件に従って処理すれば、その結果として、副吸熱ピークが形成されるものであって、副吸熱ピークの形成は、公知の食品包装用成形容器と周知の加熱殺菌条件の組合せの結果に過ぎないのであるから、本願発明は進歩性を欠くというにある。

しかしながら、審決の上記判断は誤っている。すなわち、まず、本願発明の多層成形容器とは、「器壁が多層構造を有し、かつ、3次元構造に成形されたもの」をいうところ、本願発明の方法においては、多層成形容器が3次元構造に形成されていることによって形態保持性を有し、これを周知の加熱殺菌条件で加熱することによって始めて所定の副吸熱ピークを生ずるものである。これに対し、引用例1及び同2に開示された食品包装用成形容器を周知の加熱殺菌条件で加熱しても副吸熱ピークを生ずるものではない。また、そもそも引用例1、2には、副吸熱ピークの発生に関する何らの開示もない。本願発明は、エチレン-ビニルアルコール共重合体を中間層とし、低吸水率熱可塑性重合体を前記中間層の内外層とする多層容器のうちでも、引用例1及び同2に全く記載のない3次元構造をしたボトルやカップのような、それ自体が形態保持性を有する容器を選択し、これを周知の加熱殺菌条件で加熱することにより、多層成形容器中のエチレン-ビニルアルコール共重合体に、主吸熱ピーク以外に特定の温度範囲に副吸熱ピークを形成させることが可能となり、この結果、当該容器の耐気体透過性を改善することができたことを発見し、本願発明の前記組合せを想到するに至ったものである。

これに対し、引用例1、2に開示の食品包装用成形容器(なお、引用例1が本願発明の中間層からなり、同2が本願発明と同一の多層構造からなることを争うものではない。)を周知の加熱殺菌条件、すなわち、加圧釜中100℃以上の温度で加熱殺菌すると、副吸熱ピークの形成が当然生ずるものでないことは、甲第11号証及び同第13号証から明らかなところである。そうすると、副吸熱ピークの発生について何らの示唆のない引用例1、2には、本願発明の包装体と周知の加熱殺菌条件を組み合わせることについて何らの示唆もないのであるから、審決指摘の食品包装容器が公知であり、かつ、その加熱条件が周知であるからといって、本願発明の組合せが当然に容易となるものではないし、副吸熱ピークの形成によって耐気体透過性の改善が図られるという効果を予測することもできないはずである。

被告は、本願明細書には、形態保持性と副吸熱ピークの形成との関係が何ら記載されていないし、また、容器の厚さや内外層の厚みも重要な要件であるのに、これらの点についても本願明細書は何ら触れるところがないと主張する。しかしながら、本願明細書には、多層成形容器について、「本明細書において、多層成形容器とは、器壁が多層構造を有し且つ容器の三次元構造に成形された容器を意味し、後述するボトルや絞り成形容器(カップ)がこれに該当する。」(甲第4号証昭和63年12月16日付け手続補正書、4頁下から3行ないし5頁1行)と明確な定義があり、さらに「この成形容器は、例えば絞り容器、カップ、ボトル、チューブの容器の形態をとることができる。」(甲第2号証17頁下から5行ないし3行)と記載されているから、本願発明の多層成形容器が形態保持性を有することは明らかである。また、多層成形容器の厚みについては、確かに一般的な説明はないが、実施例1及び同3等には具体的に厚みが記載されているから被告のこの点に関する非難は当たらないものというべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

本出願の出願当初の明細書(甲第2号証)には、本願発明の包装体を特定の温度及び時間、加熱殺菌することにより耐気体透過性の改善された包装体とする旨、さらに、その耐気体透過性の改善は加熱殺菌温度と時間に対応した副吸熱ピークの出現によるものである旨が(24頁19行ないし26頁19行)、また、昭和63年12月16日付け手続補正書(甲第4号証)には、加熱殺菌により、加熱条件に対応するピーク温度及び面積の副吸熱ピークが現れ、この副吸熱ピークの出現により耐気体透過性が顕著に改善される旨記載されている(8頁15行ないし9頁1行)。そこで、これらの記載によれば、本願発明における副吸熱ピークの出現は、公知の食品包装用成形容器を特定の加熱条件で加熱するという構成により生起するというわけであるから、審決は、これらの記載を前提として、本願発明における特定の加熱条件の下で加熱することが容易であるか否かを判断したものであり、審決のかかる判断に何らの誤りはない。

原告は、引用例1、2記載の食品包装容器を周知の加熱殺菌条件で加熱しても、副吸熱ピークは出現しないと主張して、実験結果報告書を援用する。しかし、引用例1に係る実験報告書(甲第11号証)は、エチレン-ビニルアルコール共重合体のみの単層フィルムであり、多層成形容器である本願発明とはその構造を異にするから、その実験結果報告書は参考とはならない。また、引用例2に係る実験報告書(同第13号証)については、この実験で用いられた積層カップ及び積層パウチはいずれも特定の厚みを有する3層からなる積層体を用いたものであり、各層および全体の厚みを変えた場合に同様の結果が得られるか否かについて不明であり、その価値は乏しい。

さらに原告は、本願発明における多層成形容器は、形態保持性、ひいては所定の厚みを有する旨主張するが、本願明細書の特許請求の範囲の記載においては、本願発明の構成として、包装体の容器については、選択された重合体の組合せからなる多層成形容器であると特定されているに過ぎないし、該容器がどの程度の厚みを必要とするか、また、全体の厚みだけではなく、内外層の厚みも重要な要件であると考えられるが、これらがどの程度の厚みを必要とするかが当然開示されるべきであるところ、本願明細書には何らかかる点の記載はない。このような状況からすると、特定の加熱条件下で処理しても副吸熱ピークが形成されないことがあるとの認識が出願時に出願人になかったと考えるのが妥当であり、審決が、選択された重合体の組合せからなる容器について、加圧釜中での高温加熱により副吸熱ピークが生成されることを前提として論じたことに誤りはない。

仮に、本願発明の包装体が形態保持性、ひいては所定の厚みを有するものに限定されるとしても、以下の理由により、本願は拒絶されるべきである。

すなわち、引用例1には本願発明に係る特定の組成のエチレン-ビニルアルコール共重合体が、また、引用例2の表3-33に形態の特定されていないラミネートフィルムの用途性に関する記載があり、その具体例として、エチレン-ビニルアルコール共重合体を中間層とし、内層・外層が低吸水率可塑性重合体である積層の包装材料に食品を充填・包装する包装体が開示されている。上記の表3-33においては特にその形状は特定されていないが、引用例1には成形による中空容器を教示する記載があり(3欄43行から4欄1行)、また、審決中に参照された文献である乙第1号証には、袋体及び形態保持性を有する成形容器が記載されている(実施例1、2)。そして、本願発明のような包装体に関する技術において、包装材料を使用するに当たり、どのような形態にするかは、当業者が適宜選択する範囲のものであるから、引用例2のラミネートフィルムを形態保持性を有する成形容器とすることは、当業者が適宜実施し得る程度のことといえるものである。なお、レトルトパウチ食品と呼ばれる食品包装体には、広い概念としては成形容器に内容物を充填密封したものが既に知られている(乙第2号証、昭和50年10月23日付け農林省告示第1019号における第10条の耐圧強度についての測定方法参照)。

また、前記参照文献において、従来、高温加熱処理に不適であるとされるポリエチレン製容器であっても高温加熱処理を施していることからすれば、本願発明における成形容器を高温加熱殺菌処理に付そうとすることは、当業者が適宜実施し得る程度のことであり、その実施に格別の困難性があるものではない。そして、本願発明の加圧釜中の100℃以上の温度での加熱殺菌、すなわち、具体的には、100℃、30分(実施例1、2)、105℃、31分(実施例3)は、本願出願前におけるレトルト殺菌において採用されている加熱処理条件(甲第6号証1198頁表3-35参照)であり、それ自体何ら特別の条件ではない。さらに、成形容器の包装体については加圧釜中特定の加熱条件下で副吸熱ピークが形成されるのであるから、副吸熱ピークの形成に伴う耐気体透過性の改善は、加熱殺菌に伴う必然的な効果にすぎず、格別の効果とすることはできない。

したがって、本願発明が、引用例1、2及び本出願時の周知の技術に基づいて容易に発明し得たものであるとした審決の認定判断には誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証(願書添付の明細書)、同第3号証(昭和58年10月17日付け手続補正書)及び同第4号証(昭和63年12月16日付け手続補正書、以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。

本願発明は、耐気体透過性に優れた包装体の製造方法に関するものである。エチレン-ビニルアルコールは、溶融押し出し可能で、かつ、耐気体透過性に優れた熱可塑性重合体として知られているが、水蒸気に対する気体透過性が大であるという欠点を有している。そこで、このエチレン-ビニルアルコールの欠点を克服する試みがなされているが、工業的な見地からすると必ずしも成功したものとはいえない。そこで本願発明者は、エチレン-ビニルアルコール共重合体あるいはそのブレンド物を中間層及び低吸水率熱可塑性重合体を内外層として含む多層成形容器は、内容物を充填して密封した包装体の形で、加圧釜中100℃以上の温度で加熱殺菌するレトルト殺菌を可能とし、かつ、この殺菌により、多層成形容器中のエチレン-ビニルアルコール共重合体が主吸熱ピーク以外に特定の温度範囲に副吸熱ピークを有するようになる結果、単一の吸熱ピークを有するエチレン-ビニルアルコール共重合体の層からなる成形容器に比して優れた耐気体透過性を有することを見出し、要旨記載の構成を採択したものである。

3  取消事由について

審決は、本願発明は、公知の食品包装用成形容器を周知の加熱殺菌条件で加熱することにより、結果として、副吸熱ピークが形成され、耐気体透過性が改善されるものであるとした上で、容器の構成及び加熱条件が公知ないしは周知である以上、両者を組み合わせることも容易であるとしたものであることは、当事者間に争いのない前記審決の理由の要点及び弁論の全趣旨に照らして明らかなところである。そして、原告は、本願発明の包装体が公知の食品包装用成形容器であること及び公知の食品包装用成形容器が加熱殺菌の方法で処理されることは争わず、公知の食品包装用成形容器を加圧釜中で100℃以上の温度で加熱殺菌処理する点、すなわち、公知の食品包装用成形容器と周知の加熱殺菌条件の組合せの容易性を争うので、以下、この点について判断する。

まず、引用例1についてみるに、同引用例に審決摘示の技術的事項の記載があること及びそこに記載の審決が摘示する食品包装用フィルム・シート又は容器が本願発明の中間層に相当する包装材料からなる単層構造のものであることはいずれも当事者間に争いがなく、そして、成立に争いのない甲第5号証(引用例1の出願公告公報)には、上記の包装用フィルム・シート又は容器は耐気体透過性が優れている旨の記載があることは認められるが、同号証を精査しても、これを中間層とし、耐湿性、熱可塑性樹脂の内外層で覆い、かつ、3次元構造の包装体とすることにより耐気体透過性が改善される旨の記載ないしは示唆を見いだすことはできない。次に、引用例2についてみると、同引用例に審決摘示の技術的事項の記載があること及び同引用例に記載の多層包装体が本願発明の包装体と組成及び多層構造において同一であることは当事者間に争いがなく、そして、同引用例に係る甲第6号証(昭和46年12月20日財団法人日本生産性本部発行、社団法人日本包装技術協会編「新・包装技術便覧」)には、主として各種の包装材料を使用しての加熱殺菌に関する記載は認められるが、同号証を精査しても、多層構造のラミネートフィルムを周知の加熱殺菌条件で加熱することにより耐気体透過性が改善される旨の記載ないしは示唆を見いだすことはできない。

かえって、前掲甲第6号証によれば、食品殺菌法として、包装技術と密接な関連を持ちながら、これまで最も発展してきたのは加熱殺菌法であること、加熱殺菌法は、これを大別すると、完全(高温)殺菌包装と低温殺菌包装があり、前者は、包装品をレトルト(オートクレーブ、加圧釜)内で高温高圧蒸気や加圧熱水により処理するものであること、完全(高温)殺菌法においては、従来は、ブリキ罐、ガラスびんのみしか用いられなかったが、最近、フレキシブルパウチの高温レトルト殺菌法が開発されたこと、そして、加熱殺菌処理方法とこれに対する適性を有するラミネートフィルムの関連をみると、低温殺菌(湯殺菌)60~85℃及び中温殺菌(ボイル殺菌又は湯殺菌)85~100℃の加熱条件に適性を有するラミネートフィルムとしては、ポリエステル×エバール×ポリエチレン、ポリプロピレン×エバール×ポリエチレン等があり、完全(高温)殺菌(レトルト殺菌)101~121℃の加熱条件に適性を有するラミネートフィルムとしては、ポリエステル×アルミ箔×ポリオレフィン、ポリエステル×ポリオレフィン、ポリエステル×アルミ箔×ポリプロピレン等があること、完全(高温)殺菌に使用されるフレキシブルパウチはレトルトパウチと呼ばれ、保形性がなく、内外圧力差に応じて変形が自由な柔軟包装体であること、以上の各事実が認められ、他にこれを左右する証拠はない。

以上の事実によれば、本願発明の包装体と材料及び多層構造の点において同一であることが前記のとおり当事者間に争いのないポリエステル×エバール×ポリエチレン、ポリプロピレン×エバール×ポリエチレン等は、低温殺菌ないし中温殺菌に適したものと考えられていたのであって、加圧釜中での完全(高温)殺菌に適するものとは考えられていなかったこと、さらに、完全(高温)殺菌に適したフレキシブルパウチであるレトルトパウチは、保形性のない、すなわち、3次元構造のものではないことが明らかであるから、以上によれば、各引用例においては、加熱殺菌法の観点からみても、本願発明の公知の食品包装用成形容器と周知の加熱殺菌条件の組合せを示唆する記載はないといわざるを得ない。

なお、審決が周知文献として援用する特開昭48-1148号公報についてみると、成立に争いのない乙第1号証によれば、この周知文献に記載の発明は、100℃以上の高温で融解、融着し易いという性質を有するポリエチレン製の袋又は容器を、4弗化エチレンで内面壁をコートした前記の袋又は容器と相似形を有するリテーナーに収めて高圧殺菌することにより、前記の欠点の解消を図ることを目的とした発明であることが認められるところ、この発明は、上記認定のとおり、ポリエチレンの前記のような特性の解消を目的とするものであって、これをもって、公知の食品包装用成形容器と周知の加熱殺菌条件の組合せの容易性の根拠となり得るものでないことは明らかというべきである。

以上説示したところから明らかなように、審決が援用する前記各引用例及び周知文献の各記載から、本願発明を構成する包装体自体が公知の食品包装用成形容器であり、また、本願発明において採用されていた加熱条件が周知の加熱殺菌条件であったとしても、この両者を組み合わせることによって、耐気体透過性の改善を図る旨の記載は存在しないし、これについての示唆も見いだすことはできない。

したがって、食品包装用成形容器及び加熱条件のそれぞれが公知ないしは周知であるからといって、耐気体透過性の改善の観点からみた場合、両者の組合せも容易であるとすることはできず、審決の前記組合せの容易性の判断は、何らその根拠を示していないといわざるを得ない。

以上の次第であるから、審決は、推考容易性の判断を誤ったものというべきであるから、違法であり、取消しを免れない。

4  よって、本訴請求を認容することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

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